棘がある花

棘がある花


京王線某所  11:45

空いた下り電車。地下のトンネルを抜け車内が明るくなる。車窓を眺めようとしたら窓枠のところに薔薇が一輪置いてあるのに気付く。薔薇は透明なフィルムで覆われていた。薔薇の花がそこにあるだけで、辺りの空気がドラマチックになる。僕はスマホでそのドラマチックで奇妙な光景を撮ろうとしたけど、気が引けたから撮れなかった。
次の駅で親子連れが乗ってきた。小さな女の子が早速窓際の薔薇を見つけた。「忘れ物かなあ!ママ!」「ダメだよ。取ったら。」
すると正面に座ってた老婆が笑顔で話し掛けた。「だれかさんが忘れて降りたみたいよ。母の日の薔薇だねえ。お嬢ちゃん、貰ってあげなよ。薔薇も誰かにもらわれたほうが嬉しいはずよ。このままだと捨てられちゃうし、持ち主も現れないよ」

「確かにお花がかわいそうですね。*ちゃん、貰ってあげてね」と母親が窓枠にある薔薇を少女に手渡す。少女はハニカミながら満面の笑み。老婆二人も目を細めてうなずいていた。

***

お嬢ちゃん。この花はね普通の花じゃないんだ。自分のお母さんへの気持ちが詰まった花なんだ。お母さんへの気持ちを伝えることができないなら、この花は捨てられるほうがいいし、見ず知らずの人に渡されるくらいなら死んだ方がましだと思っているんだよ。だからね、お嬢ちゃん、少し眺めた後でいいからね。この薔薇を人目に付かない原っぱとか小川にそっと置いておいで。そうしたらね、想いは相手に伝わるものなんだ。薔薇という花は不思議な力を持っているんだよ。